夫はそもそも他人だと思えばよいが・・・夫源病とは
都忘れという植物をご存じですか?とても繊細で育てるのが難しい花ですが、丹精込めて可愛がったせいで、ここ5年程はとてもきれいに咲いてくれます。
今年も新芽が出てくるのを楽しみにしていたのですが、今年は出てこない?
あれ?そういえば、ここにまるで雑草が生えていない
抜かれたら困るので、細い棒を立てていたが、それもない。
さすがに昨年は大株なので鑑賞の邪魔だと思ってクロスに立てた棒を外しておいたのを思い出しました。

またやられた!
あ~~~
草取りが趣味の夫から丸ごと抜かれていたのでした。
「ちょっと、ここにあった植物、もしかして抜いた?」
「枯れたのは抜いたけど」
「だから~~~宿根草は冬場に地上部が枯れるだけで根は生きているって、この前も言ったでしょ!なんで根こそぎ抜くのよ!」
そう言いつつ怒りが沸点を超えて、動悸が激しくなった。
毎年のように説明しても、夫は一向に理解してくれません。
過去にも、大事にしていた骨董品をちょっとした傷なのに「危ないから」と勝手に捨てることは日常的にあります。
何度言ってもわかってくれない、価値あるものを金継など修復して使うなどの美意識はありません。
ただのしみったれた汚いものに映るようです。
夫には、わびさびを感じる心がないのでしょうか。彼にとっては、花も草も同じ。ただの「庭の不要なもの」なのです。なので、私は小さな芽には棒を立てて目印にしていました。でも、大株になっても彼の目にはただの枯れ草にしか映らないようです。
心の中の叫びと向き合う
枯れた風情や移ろいを楽しめない人と暮らすのは、こんなにも心が疲れるものなのか。怒りが収まらず、その場を離れました。
心の中で「もう!いい加減にして!」「どうしてわからないの!」「このくそが!」と何度もつぶやきます。
落ち着け!落ち着け!と何度も自分に言い聞かせて、息を深く長く吐く…
怒りの感情が渦巻き、自分を飲み込もうとしています。

息を長く吐いても収まらない・・・そんなときは、エクスプレッシブ・ライティング(感情表現のための書くこと)紙とペンを手に取り、自分の感じていることをそのまま書きなぐります。怒り、悲しみ、失望――心の中のすべての感情を言葉にします。自分を客観的にみる手法です。
つまり自分と向き合うためには、自分を言語化するなり、外在化することです。
書き終わると、少し心が軽くなった気がしました。もう一度、ゆっくりと息を吐き出し、自分の心と身体が落ち着いていくのを感じます。アロマも効果的です。
これからは、「抜かないで」という立て札を立てるしかありません。風情は失われますが、大切なものを失うよりはマシです。
怒りの根底にあるもの
なぜこんなにも夫に対して怒りを感じるのか、冷静になって考えてみました。それは、私の大切にしているものを理解してもらえない寂しさや、共有できない孤独感から来ているのかもしれません。
夫は決して悪気があってやっているわけではないのです。彼なりに家をきれいにしたいと思っているだけ。その価値観の違いが、私の心を傷つけていたわけです。
まれに子どものように、甘えたい、振り向いて欲しいのかもしれません。それも煩わしいのですが・・・育った環境の男性特有のものかもしれません。
どれも思い当たることはあります。
夫源病
夫婦生活って、我慢と忍耐の連続なんだなとつくづく感じます。「夫源病」という言葉が頭をよぎりました。
多くは妻を自分の管理下に置きたい夫の傲慢さが背景にあるように感じます。
組織の中でも昭和世代の男性優位、役割分業の風潮で育った男性の価値観が当たり前にあって、容認されてきたわけです。
TVドラマにもなりました。郷ひろみが夫で伊藤蘭ちゃんが妻役。夫婦で一緒に車に乗っている時、妻は「同じ空気を吸うと息苦しい!」と窓をあけます。
まさにわたしは、そんな気持ち。定年後、私と違って、家で暇を持て余している夫が、私を管理したい気持ちの表れなのです。
夫が原因で心身のバランスを崩すなんて、他人事だと思っていましたが、今の私がまさにそうかもしれません。
距離感を見つめ直す
アドラーの言葉に「人間関係の悩みはすべて、距離感の問題である」とあります。夫婦という密接な関係だからこそ、お互いの違いが際立ち、衝突してしまうのかもしれません。
愛は憎しみと表裏一体なのです。無関心領域が必要なこともあります。
これからは、適度な距離感を持ちながらお互いを尊重する関係を目指してみようと思います。「同じ屋根の下に住む他人」と割り切ることで、お互いのストレスも軽減されるかもしれません。ちょっと厄介な人とシェアハウスしてるので、所有物の管理ルールを設定し直すことが必要です。
前向きな一歩を踏み出すために
怒りの感情は抑え込むのではなく、適切に表現し、解放することが大切です。エクスプレッシブ・ライティングもその有効な手段の一つです。また、深呼吸や瞑想などのリラクゼーション法も取り入れて、心のバランスを整えていくのがよいでしょう。

中高年の離婚は増加傾向にあります。夫源病と向き合う妻は多いのではないかと思われます。
重要なのは、夫源病に限らず、夫婦間のストレスや摩擦が生じた場合に適切な対処法を見つけることです。
コミュニケーションを改善し、適度な距離感を保ちながら、専門家のサポートを受けることで、より健全な関係を築いていくことも大切です。
私の場合は、価値観の違いはあっても、夫には良いところもたくさんあると思うようにしています。草取りをしてくれるし、掃除も大好きです。70歳になる昭和の男としては、まだまだ頑張ってくれている方かもしれません。そうやってお互いの価値観の違いを認めつつ、折り合いをつけていくしかありません。
しかしながら、価値観や感情のもつれが、修復不可能となる場合もあるでしょう。
それも仕方ありません。お互いが気持ちよく楽しく暮らせるためには別れるという決断も場合によっては必要になるでしょう。
同じ悩みを抱える方へ
もし同じような悩みを抱えている方がいらっしゃったら、自分の心と身体を大切にしてください。感情を無理に抑え込まず、時には紙に書き出したり、信頼できる人に話を聞いてもらったりしましょう。そして、自然の中で深呼吸をしたり、自分なりのリフレッシュ方法を見つけてください。
夫婦生活は我慢と忍耐の連続かもしれませんが、お互いを理解し、尊重することで新たな関係性を築くことができるはずです。
どうしても、自分で解決できない方は是非ご相談ください。


